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新春 知事対談|人気ドラマで島根を発信

丸山達也 知事×福澤克雄 氏

令和5年夏にTBS系日曜劇場枠で放送されたテレビドラマ「VIVANTヴィヴァン」では、島根県内が撮影場所となり話題を集めました。原作・演出を担当したTBSディレクターの福澤克雄氏は同作のほか、数々の作品で島根県を撮影地に選ばれています。丸山達也知事が福澤氏の作品にかけた思いや島根愛について聞きました。

世界基準を目指して

知事VIVANTは奥出雲町や松江市、出雲市で撮影され、県内でも大きな反響がありました。福澤さんの実感はいかがでしょうか。

福澤今回は世界基準の作品を目指して作りました。最近のドラマは原作がある場合が多いですが今作にはない。ヒットする要素があるかどうか分からない中で、ある種の恐怖心もありましたが、これまでの経験も生かし『失敗してもいいや』というくらいの気持ちで思い切って作りました。
不安と期待が交錯する中でしたが、放送が始まると毎週日曜夜9時には多くの方がSNSに感想を書き込み、スポーツ中継みたいに異様な盛り上がりになりました。また、そこから波及して考察動画を作る人までいました。うれしかったですね。

知事ストーリーのスピード感がすごく速く、厚みも感じました。制作は大変でしたね。意識されたことはありましたか。

福澤ゆくゆくは世界への配信を意識する中で、日本らしさの表現にこだわりました。外国人は刀が好きな人が多いため、古くから日本刀の原材料となる玉鋼を生み出してきた奥出雲町という本物の場所でどうしても撮影がしたかった。それで島根県を撮影地に選びました。

 

島根県とのご縁

知事撮影時に印象に残っていることはありますか。

福澤地域の方からたくさんの差し入れをいただきました。おいしいものを食べきれないほど用意してくれて。

知事おもてなしの精神は島根県の県民性でもあるのでしょうね。私も仕事やプライベートで県内を回りますが、どの地域でも会う人会う人が温かく迎えてくださり、うれしい気持ちになります。
撮影期間中は役者さんやスタッフなど大勢の方が島根県に滞在されたと思いますが、皆さんの反応はいかがでしたか。

福澤みんなすごく喜んでいましたよ。これほど地域ぐるみで応援してくれるところは日本中探しても他にないと思います。

知事福澤さんはこれまで多くの作品で島根県を撮影地に選んでいただいています。その経緯を教えてください。

福澤一番はじめに私を島根県に連れてきたのは平成15年当時、旧仁多町役場の職員だった宇田川和義うだがわかずよしさん(現奥出雲多根たね自然博物館館長)です。ドラマ「砂の器」を制作している際に、撮影現場である京都府まで来られて、熱心に勧誘されました。原作では旧仁多町の亀嵩地区が登場していましたが、島根県での撮影は難しいと思っていたところ「どうしても来てほしい」とお願いされて。それで、案内してもらいながら島根県を歩いてみたら景色はきれいだし、ご飯もおいしい。だんだんと島根県の良さが分かってきました。地元の歓待を受けたことで「移動にお金はかかるけど、それでもここがいいな」と思うようになり、それから何度も島根県で撮影をさせてもらっています。

知事とてもありがたい話ですね。

 

地元に誇りを

福澤島根県の方は「島根のどこがいいんだ」とよく言われますが、すごくいいところだと思いますよ。昔、撮影で津和野町にも行きましたが島根県の西部もいいところですよね。

知事過去には県西部や隠岐地域でも撮影されていますよね。津和野町には城下町の面影や伝統芸能が残っていますし、隠岐地域は豊かな自然や文化があり、ユネスコ世界ジオパークに認定されています。県西部、隠岐地域もたくさんの魅力がありますよ。

福澤島根県は日本の原点みたいなところだと思います。きれいな山と海があるし、料理はおいしい。首都圏からの交通の便はあまりよくないですが、逆にそれを強みにすることもできると思いますよ。

知事最後に県民の皆さんへのメッセージをお願いします。

福澤島根県の皆さんには、これからも変わらないでいてほしいなと思っています。他の地域から人を呼び込んでも、その人たちに合わせようなんて考えなくていい。堂々として地元に誇りを持ってほしいです。

知事ありがとうございました。ぜひ新作でも島根県を撮影地に選んでいただけることを期待しています。


知事と福澤氏の笑顔

福澤 克雄ふくざわ かつお
東京都出身。平成元年TBSテレビ入社。松本清張原作のミステリー「砂の器」(平成16年)を皮切りに、「私は貝になりたい」(平成20年)、「LEADERS」(平成26年)など多数の作品で島根ロケを実施。ヒット作品を連発するテレビドラマディレクターとして知られる。平成26年から遣島使(島根県版のふるさと親善大使)。